中国と米国の覇権争い
米中両政府は1日に高官級の電話会議を開催し、11月中の貿易協議の部分合意(「第1弾の合意」)に向けて、詰めの協議を急いでいることが報じられました。電話会議では、金融や農業分野の市場開放に関して進展があったものの、中国の強制的な技術移転問題や知的財産権の保護に関しては未だ隔たりがあるとも伝えられており、中国が譲歩する姿勢は見られないようです。対する米トランプ大統領は、2020年11月の米大統領選挙を控え、部分合意で成果をアピールしたい思惑から問題は先送りにされる可能性が高いとの見方が大勢のようです。
有識者の間でこうした米中貿易対立の本質は、米中間の経済体制を巡る覇権争いにあると考察されています。その一角たる通貨において、米フェイスブックによるリブラ発行計画が発表されたのを皮切りに、覇権争いに拍車がかかったとも言われています。
中国は兼ねてより、中国経済のドル依存や外貨準備の為替減価に大きな問題意識を抱えております。トランプ政権の元でドル安誘導が図られていることや貿易戦争により、ドル1強リスクがより意識されるようになりました。
中国はドル1強の現状に風穴をあけ、米国による経済制裁を受けようともその影響を抑制できるように、デジタル人民元の構想を早急に推し進めてているものと考えられています。そこに世界人口の4割近くにも及ぶユーザーをもつ米フェイスブックが主導するリブラのホワイトペーパーが公表され、老舗送金業者の参画も見込まれていたため、民間企業とはいえ中国がこれを脅威に感じたとしてもおかしくありません。
反対に、一帯一路構想で影響力を急速に拡大していく中国に対してもまた、米国をはじめ主要各国が強い警戒感を抱いていますので、リブラ推進を動機づけるために、公聴会で米フェイスブックのザッカーバーグCEOは「中国」を引き合いに出しました。
公聴会が行われたその週に中国は、習近平国家主席のブロックチェーン技術の開発を推進する発言や、中国国際経済交流センター黄奇帆副理事長のDCEP発行計画に言及する発言がなされました。発言のタイミングが意図的なものか偶然なのかは分かりませんが、リブラの実現がやや遠のいた一方、中国がデジタル通貨で先行している印象を市場に与えたのは間違いありません。
デジタル人民元DCEP構想とは
DCEP(Digital Currency Electronic Pay 発音:ディセップ)は、最も匿名性が高いとされる現金(取引履歴がつかず、ビックデータに活用されない、色のない紙幣)をデジタル紙幣に交換することを目指して開発されるようです。匿名性がきちんと保たれることは消費者への紙幣普及において非常に大事なポイントであると考えます。他方、犯罪やマネーロンダリングに利用されるリスクを孕んでいますので匿名性とのバランスを図る必要があります。
DCEPは2層構造システムを採用するとしております。1層目は中国人民銀行(PBOC・中国の中央銀行)と商業銀行間で、2層目は商業銀行と消費者及び企業間の取引を指します。中央銀行が直接消費者にデジタル通貨を発行することは、管理上難しく、民間の銀行業務にも支障をきたすため、この仕組みが採用されているものと見られます。
教科書的に中央銀行の役割は、金融政策の実行で、民間銀行への貸出金利や通貨供給量の操作です。まず1層目で、現金の代わりにDCEPを発行し商業銀行に流通させ、取引監視を強める狙いがあるようです。

ちなみに黄奇帆副理事長から、DCEPは1層システムのテスト運用から開始することが公表されました。時期は不明ですが。
2層目は、商業銀行と消費者間及び企業間の取引ですが、電子ウォレットを利用した預金の引き出しとなるようです。個人や企業への流通に商業銀行を介すことで、①紙幣偽造の防止、②取引時確認(KYC)でのアンチマネロン対策、③商業銀行の収益基盤の保全が可能となります。前述のDCEPの匿名性と犯罪対策のバランスは、2層目の商業銀行が担い手となって口座凍結や取引停止を通じて制御するものと考えられます。
国内サービスに置き換えて考えると、DCEPはブロックチェーン技術が活用されたデビットカードです。Suicaなどの電子マネーは、クレジットカードを介し又は直接銀行口座と繋ぎポイントを購入(チャージ)する仕組みが取られていますが、DCEPはチャージ元の現金にあたります。DCEPをSuicaにチャージしなければ、地下鉄での利用はできないというような構造です。見方を変えれば、既存金融や国内の民間企業の業務に混乱をきたさない設計が取られているとも言えます。
クレジットカードが普及している日本では、デビットカードに近いDCEPがもたらす利便性の向上を実感しにくいかもしれません。しかし、為替が完全な変動相場にない中国にとってDCEPの台頭は①送金スピードの向上、②中銀による紙幣信用力の担保、③送金手数料の低減の側面で利便性が格段に向上し、一帯一路構想のさらなる発展に繋がることが期待されています。

なお、DCEPには1秒間に約300,000取引の処理能力(Visaは約2,000取引/秒)を装備させたいようですが、技術設計に関する詳細は公表されていないもののブロックチェーンでの実現性に疑問視する声も上がっております。
何れにせよ、仮想通貨分野においていち早く法整備に着手した日本が、このままリブラやデジタル人民元を静観してばかりではいられなさそうです。