日本経済新聞社は1月11日、「金融庁が暗号資産に係る証拠金(レバレッジ)倍率の上限を2倍とする新方針を固めた」旨を報じました(参照)。これを受けて、ツイッター上でも多くの方々から不満の声が寄せられています。
特にビジネス面で大きな影響を受ける暗号資産交換業者(以下、業者)においては、同メンバーを中心に構成される自主規制団体「日本仮想通貨ビジネス協会(JCBA)」が公開した2019年9月6日付『デリバティブ規制に関する提言書』の中で、レバレッジ規制については、まだ成長期にある暗号資産市場は、リスクの程度も変化することから、法律で縛らず、自主規制団体である認定金融商品取引業協会が、各暗号資産の変動率の計算等に基づき証拠金率を算出及び定期的に見直す方法での対応が、より利用者保護と健全な市場育成に寄与するとの考えがまとめられています。
↓暗号資産の直近のヒストリカルボラティリティ推移はこちらのツイートをご参照ください↓
同案は、今月中に意見公募(パブリックコメント)にかけ、今春にも施行予定です。パブコメにかけられる以上、異論があればパブコメを提出し考えを伝えるに越したことはありません。
現時点では、意見公募先リンクは開設されておりませんので、過去のFX取引におけるレバレッジ規制の議論を振り返りながら、証拠金取引について考察したいと思います。
証拠金取引(レバレッジ取引)とは
証拠金取引(レバレッジ取引)は、顧客側の視点で見ると、業者に預託する自己資金(証拠金)以上の想定元本で取引することができますので(レバレッジは所謂「てこの原理」を意味します)、下図の通り少ないお金で「大きく稼げる」こともあれば、想定と反対方向に相場が進むことで想定以上に「大きな損失」を被るリスクもあります。しかし、少ない自己資金で大きな金額を動かすことが出来る(大きく稼げるチャンスがある)という点において、資金効率を圧倒的に向上させるという唯一無二のメリットが存在します。
また、レバレッジ倍率の低下は、利益を上げている顧客の収益率を低下させ、損失を出している投資家の収益率を改善させるものの、出来高の減少により収益率の絶対値が下がるという見識もあります(詳細は末尾の第3回議事録をご参照ください)。
他方、業者側の視点で見ると、高いレバレッジ倍率は、出来高増加に繋がり、市場に流動性をもたらす利点があります。反対に、予想外の相場(例えば2015年1月15日のスイスフランショックのような事態)が到来し、顧客の損失が想定以上に膨らむ際には、不足する証拠金を顧客から回収できないリスク(追証の回収不能リスク)が発生します。もっとも、規制の厳格化は、出来高を減少させ、顧客の海外流出につながる恐れもあることから、税改正などプラスの材料との合わせ技でなければ、国内の交換業者の業績に悪影響を及ぼすものだと整理できます。
<参考図:レバレッジの仕組み>


ゼロカットシステム導入について
今回の規制を巡っては、レバレッジ倍率の引き下げよりも、海外業者のようにゼロカットシステム(追証なし。業者が負担するリスクは取引手数料に転嫁)の導入が、投資家保護に繋がる上に、暗号資産市場の成長の妨げにもならないのではといった意見も多く聞かれます。
ゼロカットについては、金商法で顧客の損失補填が禁止されていることで、そもそも導入の検討ができないとされています(仮に当事者間で合意していたとしても公序良俗に反するおそれがあるようです)。従って国内での証拠金取引においては、証拠金以上に損失が発生してしまった場合、証拠金を超える部分について顧客自らが、業者に返済する義務を負いますので、万が一期日までに返済できない場合、資産の差し押さえや自己破産に繋がるおそれがあります(海外FX業者の場合、ゼロカットを導入している為、本来顧客側が持つべき市場リスクを業者側が被っている状態です。従って、先に述べたスイスフランショックなど不測の事態が生じた際は、業者側が倒産するケースが急増します)。
ゆえに金融庁は、レバレッジ取引に関して、①個人の顧客に不測の損害が発生する恐れがあること、及び②業者の財務の健全性に影響し得ることから、ロスカット・ルールの整備を義務付けております(但し、ロスカット取引が必ず損失を限定するものではありません)。
このように暗号資産かFX取引かに関わらず、レバレッジ取引にはリスクが孕んでいますので、規制はリスクの表面化を未然に防ぐ重要な役割を担っています。
とは言え今回、FX取引の25倍をはるかに下回る自主規制ルールで定めた上限4倍から、さらに厳しい2倍を法令で定めることに関して、「一律の倍率であること」及び「内閣府令で規定されること」の妥当性について疑問視する声が多く挙がっています。
金融庁の視点
金融庁は、①投資家保護、②業者の財務的な健全性の確保、③過当投機防止の観点から、個人投資家を相手方とするFX取引におけるレバレッジを倍率を段階的に引き下げてきました。以前は400倍もあったというレバレッジ率は、内閣府令により2010年8月以降は証拠金は想定元本の2%以上(レバレッジ換算で50倍以下)、2011年8月以降現在に到るまでは4%以上(レバレッジ25倍以下)に規制され、さらにロスカット・ルールの整備などにより、FX取引市場の健全化が図られてきました。しかし、2018年にレバレッジをさらに10倍に引き下げることが検討された際、大手業者らをはじめ、有識者たちの猛反発もあって、同案の施行が見送られています(その理由は下図の報告書をご参照ください)。
<店頭 FX 業者の決済リスクへの対応に関する有識者検討会 報告書より抜粋>

尚、FX取引のレバレッジ規制に関して、関連する議事録も公開されておりますので合わせてご紹介いたします。
①第2回(平成30年3月12日開催)資料と議事録
②第3回(平成30年3月29日開催)資料と議事録
まとめ
暗号資産市場は新しい分野であり、伝統的な外国為替市場とは性質も異なることから、FX取引における「25倍」や、案として出された「10倍」をそのまま暗号資産に適用することは短絡的であるかもしれません。
しかし、「一律2倍」もまた、暗号資産市場の発展および交換業者の財務健全性を損なう危険性があり、過度な規制が却って投資家保護に繋がらないとの見方もあります。この為、CoinCollege∛編集部では、自主規制団体(JCBA)が提言するような『柔軟にレバレッジ規制を調整する』運用方針を支持しております(特に4倍を2倍にすることで生じ得るデメリットについての議論が乏しいように感じます)。
日本の場合、ゼロカットシステムの導入が困難であることから、①投資家、②業者、③当局のトライアングルの中でバランスの取れた落とし所をもっともっと慎重に探っていく必要性があります。今後の規制方針等については、FX取引同様、パブコメの結果を踏まえ、さらに検討が行われることに期待したいです。