米SECメンバー Peirce氏の「セーフハーバー・ルール」について

米証券取引委員会(SEC)の委員メンバーの1人であるHester M Peirce(発音:へスター・ピアース、グーグル表記:へスター・パース)氏は 2020年2月6日、シカゴで開催された国際ブロックチェーン会議に登壇し、現行規制と非中央集権化とのギャップを埋める待望の「セーフハーバー・ルール(案)」を公表しました。

セーフハーバーは、安全港・承認領域を意味し、セーフハーバー・ルールとは、予め定められた要件に従う限り、特定の行為が法令違反にならない範囲を取り決めたものです

今回の提案は、大枠、暗号資産プロジェクトが当初発行するトークンに対し、3年間は有価証券として区分せず、米国証券法の規制を受けないとする猶予期間を設定するというものでした。

セーフハーバー・ルール(案)提案の背景

Peirce氏がセーフハーバー・ルールを検討した動機は、トークンの配布が、Peirce氏の所属するSECにより「有価証券の募集」と見做され、規制を受けるかもしれない ー という多くの起業家が抱いている恐怖にありました。

ネットワーク効果の維持には、トークンがネットワーク上の潜在的なユーザー、開発者、及びネットワーク参加者に配布され、自由に転送(移転)されることが必要不可欠です。現状、ビットコインに代表される既に分散化されているトークンを除いては、米国証券法の規制を受ける可能性があり、広く一般にトークンの配布が難しいことから、新たに分散化ネットワークの構築を目指すプロジェクトの出現がほぼ不可能な状態となっています。

まさにこちらでもイノベーションが「生まれる前から死んでいる」(※)状況が発生しているわけです(この板挟みの状況を英語では”Catch-22″と称しています。)。Peirce氏はこの現状について、証券法を無視することはできないものの、SECも「自らの策定する規制が齎す難問」を無視することもできないと述べています。
(※)メルカリ・栗田氏のインタビューでの発言引用

セーフハーバー・ルール(案)について

具体的に提案されているセーフハーバー・ルールは、次の条件が充足された場合、ネットワーク開発者に対し、証券法上の登録条項の適用を3年間免除するという内容になっています:

  • 開発者チームは、最初のトークン発行から3年以内に、ネットワークが分散化またはトークンの機能性と定義された成熟度に達成させることを目標に、誠意ある合理的な努力を持ってネットワークの構築を図ること
  • 開発者チームは、重要な情報を公衆縦覧に供する必要があること
  • トークンは、ネットワークへのアクセス、参加、またはネットワークの開発促進を目的に提供及び販売されること
  • 開発者チームは、利用者のための流動性の提供を、誠実かつ合理的な努力を払って対応すること
  • 開発者チームは、セーフハーバー・ルールに依拠するとの通達を予めSECに提出すること

セーフハーバー・ルールの重み

セーフハーバー・ルールは、トークンが米国証券法の有価証券に該当する可能性を否定せず、しかし、市場参加者にトークンによる資金調達が既存金融対比望ましいとの動機づけもさせることなく、バランスを保ちながら、分散化ネットワークの構築を目指す開発者に対し、時間と規制面で柔軟性のある特定のロードマップを提供しています。

米国がセーフハーバー・ルールを導入するとした場合、それは世界各国の規制当局の判断に大きな影響を及ぼすことから、適切で実現可能性のあるルール(案)を検討し正式な提案として公表することは想像以上の重責だったものと思われます。Peirce氏に対しては、市場関係者・コミュニティから多くの賞賛の声が届けられました。

Peirce氏は今回の原案をたたき台として、弁護士や有識者らに積極的な意見の提供を呼びかけており、公表から2週間以上経っては、有識者らによる考察が進み実際に問題点も複数挙げられはじめました。一方で、Peirce氏の委員会メンバーとしての任期が今年6月で終了を迎えることから、当該ルールが陽の目を見るか不透明な中、セーフハーバー・ルールの整理に時間を費やす価値があるのかという意見もあります

コミュニティがこの提案(別の提案しかり)に価値を感じ、法制化すべきと賛同した場合、Peirce氏の任期終了を考慮し、様々な業界団体を巻き込みロビー活動に粘り強く関与していくことも重要となってきます。もっとも、SEC側もイノベーションへの柔軟な対応や中国を意識した何らかの動きに出る可能性も十分にあるものと推測します。

クリプトママの原点

Peirce氏と言えば、2018年時ビットコインETFの上場可否を巡る投票で、全5人の委員メンバー(当時はうち1人が欠員で実質4人)のうち、唯一「賛成」を投じたことで”CryptoMom”との愛称が広まり、ビットコインETFが否決に終わって以降も、暗号資産市場の発展に向けて様々な場で議論を重ねてきた人物です。

Peirce氏が賛成票を投じた際に特に印象深かったのは、SECは本来、投資家の為に投資商品の「選択機会」を最大限確保し、正しい投資判断を促す為の開示規制等といった環境整備(透明性向上)に焦点を置いた施策を取るべきで、イノベーションの門番となって暗号資産の将来性について評価すべきではないとの趣旨で論じた点でした。

これ以外にも、ビットコインETFの上場棄却によって投資家保護を弱体化させるリスクも孕んでいることや、将来的にSECがビットコインETFの上場を認めた場合、過去の棄却理由(懸念事項)が”解消された”と誤解あるメッセージ性を持ちかねない事など、国内の改正法案の議論にも通ずる重要な指摘を挙げ、新たな”資産”に対して中立的且つ前向きな意見を発信されてきました。

セーフハーバー・ルールが適用されることで、将来的に様々なプロジェクトがうまくいくという保証はなく、また同ルールを悪質に利用するケースも生じるかもしれません。

人によっては「Who cares?/そんなこと誰が気にするの」と感じたり、所詮委員会メンバー5人のうちの1人でしかなく、規制を策定する力もないかもしれないと考える人もいるかもしれません。それでもPeirce氏は、火の粉がなければ火を熾すことはできないし、ボールを動きかすことが誰かを傷つけるものではないし、人々の考え方は時間と共に変化するもので、これがきっかけとなって誰かを突き動かすかもしれないとの意識で提案をまとめ上げています。

一定の反発が予想される中でも、いかに投資家保護を図りながら、分散化ネットワークの構築を目指す開発者らの「イノベーション」をサポートできるか懸命に模索している彼女のバトンが、次に渡ることを期待してやみません。

参考:coindesk

ワイン丸

外資系金融機関のファンドマネジャー・バイサイドリサーチ出身。社債投資・株式投資・為替運用・不動産投資・証券化商品投資を経験。英語・中国語・日本語のトリリンガル。海外情報担当。

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